裴景 仇連 左右の都督、両者出オチにも関わらず、結果は明暗を分けた

どうも! 諸葛菜です!

今回は、司馬懿大都督の両腕?と言われた左都督裴景、右都督仇連でござる!

司馬懿にくっついていくお二人

燕王公孫淵退治に出かけたときのこと

公孫淵が燕王を自称し、15万の兵を起こし独立。司馬懿が4万の兵を率い討伐に向かった。公孫淵軍の先鋒卑衍を屠り、公孫淵たちを襄平城に追い詰め、司馬懿たちはひしひしと取り囲む。

季節は秋の半ば、いつ果てるとも無く雨が降り続けていた。平地の水は80cm以上も溜まって、魏の兵士たちは水に浸かって休むことも出来ない有様であった。

三国志演義後半戦の記念すべきトップバッターは公孫淵!

左都督の裴景が、

「雨が止まぬため、陣屋の中は泥まみれとなって兵士たちも困っておりますゆえ、前の山へ陣をお移し下されますよう」

と言ったが、司馬懿が、

「わしには、水中も平地を行く如き赤兎馬がある!それくらいなんでもないわ!」by呂布

公孫淵を捕らえるのも、もはや今日明日というのに陣を移す馬鹿があるか!二度とこんなことを言ってくる者は打ち首にする!」

と激怒。裴景は恐れ入って引き下がる。

しかし、羅貫中司馬懿の鬼っプリを見せつけるために、人身御供を読者に提供します。

と、まもなく右都督の仇連が、

「兵士どもが水に悩まされておりまする。なにとぞ陣を高所にお移し下さりませ」

「わしの命令に従えぬと言うのか!」

と、即座に引き出して打ち首とし、さらし首に・・・!!かくて、兵士たちは大いに震え上がった・・・。

そりゃあそうだ(汗)。 ついさっきまで元気だった上司が、文字通り首になってさらされたら・・・。

この悲劇は・・・司馬懿の軍律が厳しい、冷酷なのはもちろんですが、きちんと仇連に報告しなかった裴景が一番いけなかった気がします。ちゃんと仕事を引き継いでおけば、こんな悲劇も無かっただろうに・・・。 でも、文を見る限り、タッチの差だったっぽいので、間に合わなかったのでしょうか。

 

上司への質問の仕方で出来る社員かできない社員かがわかる

その後、陳羣(グン)が、

「(中略)前回は速攻で孟達を生け捕ったのに、(中略)久しく泥濘におられ、(中略)いったいどのようなお考えからにござりますか」

と、質問し、司馬懿はこの後、笑いながら快く、陳グンの質問に回答していました。 なるほど、要は聞き方次第なんですね。上司の怒りを買う質問の仕方、意見具申ではなく、 上司の自尊心をくすぐるような質問で、一命を取り留めるばかりか、評価も上がる・・・。

はっきりと明暗を分けましたな。明日香出版あたりが良く出している、「上司との付き合い方」みたいなビジネス本に書いていそうな事例です。1800年前の三国時代から現代へ、仇連と裴景が身体を張って、後世へと教訓を残してくれるとは・・・深イイ話だぜっ!三国志演義後半!(゚Д゚)

戦の結果ですが、もちろん司馬懿軍圧勝。 右都督一人を斬っても、戦況に全く影響なさそうですね・・・。

都督の逃亡にびびった諸葛恪とは違うぜ・・・。