辛憲英 辛毗の娘、先を見通す聡明な才女!あと、辛敞もね

どうも! 諸葛菜です!

孫魯班以来の女性キャラ。今回は孫魯班のような悪女なんかと違って、才女ですぞ!切れ者の姉御、辛憲英女史だ! おまけに辛敞。

辛憲英(190-269) 父:辛毗 弟:辛敞

甥っ子に有名な羊祜がいます。

羊祜(ヨウコ) 慈愛に満ちた清廉潔白の三国志末期の名将

司馬懿が、曹爽の留守を狙って兵を挙げた。曹爽の配下である魯芝は城内に変事が起こったと見るや参軍の辛敞の家を訪ね、今後どうするかを辛敞にたずねたところ、

「手勢を率いて城から斬って出で、天子にお知らせせねばなるまい」

魯芝がげにもとうなずく。辛敞は急いで弟の辛敞が慌てている様子を見て、辛憲英が訪ねる。

「どうしたのです?その慌て様は?」

弟は、司馬懿が謀反を起こしましたと答えた。

司馬懿は謀反をたくらんでいるとは限らない。曹爽を殺そうとしているのですよ」

さらに、曹爽では司馬懿の相手にならないから、絶対に負けると太鼓判を押します。頭の切れる姉上に、ここまで言い切られてしまうと、曹爽の部下で守備の任務を受け持っている辛敞もさぞ不安になったはず。

「魯芝が一緒に斬って出よう誘いに来ましたが、行ったほうがよろしいでしょうか」

辛敞が、それじゃあどーすりゃいいんだっ?!となるのは当然。辛憲英は、落ち着き払って、

「お役目は、人たるものの大義です。他人が危うい目に遭っているのを見てさえ救うものを、まして天子より官職をいただき、それを捨てるなぞとは、もっての他です」

とにかく、これを聞いた辛敞は数十騎を率い、門を固める軍勢の中に斬りいった。結果、司馬懿が曹爽らを召し取り、関係者を処罰したが、辛敞は「主人のためにやったのじゃ、義人である」と許された。

「もし、姉に意見を求めなかったら、わしは大義を失っておった」

と嘆息した。 後の人がたたえた詩に、

臣となりて禄を食まば 当に報ぜんことをおもうべく 主につかえてあやうきに臨まばまさに忠を尽くすべし 辛氏が憲英 かつて弟に勧めしは 故今に千載 高風をたとう

辛敞も魯芝が来た時に、自分から「斬って出よう」と言っておきながら、奥に入って姉に相談とは・・・。それだけ辛憲英が切れ者と言うことなんでしょうけど、もし、

「いいえ、行ってはなりませぬ。魯芝の首をはねて、太傅(司馬懿)への手土産にしなさい」

「ははあ!」

とか言って、魯芝の首を刎ねていたんでしょうか・・・? 後半では余り見られない「義」と、女性キャラの「智」を見て、殺伐とした演義後半中でも「ほっ」とする部分です。初めて演義を読んだときも、印象深かったキャラです。

 

PS:

中国語サイトに辛憲英の紹介がありました。

正史での辛憲英は、昔の歌で辛憲英の智、曹娥の孝、木蘭の貞、曹令の節、蘇若蘭 (蘇恵)の才と孟姜の烈と並び称されている。皆才傑である。辛憲英については、ずいぶん前から見られる史料である。裴松之三国志の中にも、辛毗伝の夏侯湛の紀略にもある。鐘会の謀反も予見しており、先見の明のある女性だったんですね~。

 

ムーランは知っていましたが、他の人たちは知らないので、ネットで調べました。 詩にも「高風をたとう」とあるように、後世まで栄えました。洋コと羊琇のいい叔母を持ちました・・・。