張茂 出落ち上等!魏帝国太子の近習も頑張った

どうも!

諸葛菜です。

久々にあっさりした出落ちキャラがいたので、ピックアップ。 三国志演義の後半というと、第106回からと思って、この回以降で部下を探しがちでしたが…孔明の死んだ105回後半にもボロボロと出落ち武将が転がっていました。

今回は魏帝国の太子舍人張茂さんだっ! 演義第105回。

孔明の死により、緊張の糸が切れたのか、魏の皇帝曹叡は宮殿の造営工事を行い、朝陽殿、太極殿を造営し、総章観を築きました。さらに、崇華殿、青しょう閣、鳳凰楼、九龍池を造営していました。

民衆を奴隷同然にして楼閣建設に全力投球する曹叡、その真意は一体…?

建設ラッシュっぽいけど、建物を作っても経済が潤うどころか、民衆が疲弊しまくって怨嗟の声が高まるのが古代中国。ほとんど市場が潤わなそうです^_^;

こき使われて、NOバブルだったらNOライフだよ。

ま、それは現代にも通じますな。 収奪されていますからね…^_^;

司徒董尋が諌めましたが、曹叡聞く耳持ちません。

「今度、同じようなことを言う奴がいたら打首じゃあ!」

次に同じような諫言をしてしまったら、間違いなくあの世行きです。

しかし・・・

抜粋 時に太子舍人(太子の近習)張茂、字彦材が同じく上書して諫言したが、

 

むむむ…()つきで職業を解説、更には字付きとは。羅貫中先生も気合が入っていそうです。曹叡の暴走を止められるか!?

 

抜粋 曹叡はこれを打ち首とし、

 

やっぱダメか…。 司徒董尋ですら無理だったのに、一近習が申し上げたところでダメですよね。 近習すら曹叡に上書したくなるほど、怨嗟の声が高まっていたのでしょうな。。。 近習たちは、『司徒や尚書などの皇帝の側近たちよりも、皇族の日常生活にも密着している「オフ」の面で接触の多い我々近習から申し上げたほうが効果がある』と思ったのでしょうか。

「張茂、お前から言え!」

みたいな…。 ただの命知らずと言ったらそれまでですが、身分の差をものともせずに立ち向かった張茂、彼もまた演義の漢…合掌。 見事に散った張茂、あっぱれ!安らかに…。

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