鐘会が許儀を処刑してしまった件について…中国人による考察

どうも!

諸葛菜です!

許儀の死があまりにも辛すぎた…。三国志演義8巻を読んだ時に、心を折られたのが許儀の処刑でした。

前半三国志とのパイプ役を担っていたはずの名将の2世タレント。 こういった人物をサクッと殺しちゃうから演義後半はなかなか人気が出ないんだよ!言い過ぎ^^;?

許儀の処刑は間違いじゃないけど、鐘会にも責任があっただろ?的な中国語で書かれた文章があったので、翻訳させて頂きました。

kyogi

許褚(チョ)の息子許儀 超無念!インフラ整備に失敗し南鄭関に散る!

にも書きましたが、こんなやりとりがありました。

263年、蜀の国力が衰えたと見るや、司馬昭が鐘会、鄧艾に命じ蜀征伐を命じます。

許儀は鐘会の部隊に組み込まれます。

鐘会は、

「誰かが先鋒になって、山に道を切り開き、川には橋を架けよ」

と諸将に先鋒となるものを募ります。

「それがし、参ります!」

虎将軍許チョの息子許儀が立候補!!

諸将も

「許儀殿でなくばかないますまい」

と皆さんこぞって許儀を持ち上げます。

鐘会も、

「そなたは勇将として、親子ともども聞こえ高いものであり(中略)いずれも険しいところばかりゆえ、兵士たちに道をならさせ、橋を直させ、山をけずり石をくだかせて、遺漏なきようにせよ。仕損じたら軍法に照らして処分するぞ」

で、すったもんだあって許儀はインフラ設備を整えることに失敗。 挙句の果てに負けて帰ってきます。

「貴様は先鋒となったからは、山あれば道を開き、川あらば橋をかけ、橋梁・道路の修復に専念して味方の進むのを助けるのが当然の役目であろう(中略)命令に背いたからは容赦できぬ!!」

翻訳~~~~~~~~~~~~~

この話に、筆者は深い印象を受けた。鐘会は一世の名将であるし、西蜀を攻略し、中国統一に一役買った人物である。

しかし、許儀を処刑してしまった件については一定の責任を追わなければならないであろう。鐘会が許儀を先鋒に命じたのには3つの理由があった。

1.許儀が立候補したこと。 2.許儀が名将許チョの子であること。 3.みんなからの推薦があったから

立候補したのは自信があるためであり、勇気ある人物であるが、彼に任せて良いのかと踏みとどまって考察する必要もある。虚偽の父親許チョは確かに猛将であり、「三国志 許チョ伝」にも記載ある通り、『身の丈8尺あまり、腰太く、容貌雄偉、力衆を超えていた』とあり、彼は昔牛を引き摺って十歩歩いたほどの猛者っぷり。これを見た族共数万は驚いて逃げ出したほどである。

さらに、彼は半裸になって名将馬超とも戦い勝利。『虎侯』の称号を得て、魏軍の中でもその名は知れ渡っていた。

しかし、もしもこれを持って許儀まで父親同様の猛将と思ってしまうのは早計である。許儀は当然英雄だと思い、これに頼ってしまうのは正しいことではない。

諸将が許儀を推薦したが、許儀がこの任務に足る人物か、もしくはふさわしい人物かをきちっと分析すべきであった。

親父が許チョだったから息子の許儀なら当然うまくやってくれるだろうと考えたのなら、それは浅慮という他ない。もしかしたら諸将の中にも許チョとつながりの深いものがいたかもしれないが。

鐘会は決して、許儀の能力を知って任せたのではなく、許儀の一言で先鋒軍の印綬を渡してしまった。これは明らかに鐘会の軽率であった。

このため、許儀は先鋒としたのは鐘会のミスである。しかし、許儀を斬り捨てたことは間違ってはいない。 鐘会は決して、許チョが数々の武功を立ててきた事が疎ましくて許儀を処刑したのではない。

許チョの功績はすばらしいが、その功績そのものは許儀のものではない。許チョの功績をもって許儀のミスの穴埋めをすることも当然出来ない。

鐘会は軍の規律に則って処理をしたのみ。この点は鐘会を評価できる。

もし、我々の上司がコネ入社や二代目(いわゆる許儀的な幹部)を闇雲に重用するのではなく、部下の能力を推し量った上で仕事をしていけば、「馬の前足が蹴躓くこと」もなくなるのではないか。

中国の幹部が自らを律し、共産党幹部たちに規律を守らせれば社会主義建設の事業にとって、障害が少なくなるであろう!国家が富み、強くなるであろう!規律は緩くしてはならないのだ!

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最後は爆臭共産臭ぶっ放していましたが、こんなことは放っておいて。

鐘会もその他大勢のモブ武将共の意見に流されすぎですな。 先鋒とは言え、ただ戦うだけでなく本軍が道を通れるようにしなければならず重大な任務です。

演義ではすぐに殺されてしまったし、一騎打ちのシーンもなく武力のほどはわかりませんが、決して弱いやつではなかったはずです。

細々した地道な作業よりも、もっと派手な戦場がふさわしかったのかもしれません。

「先鋒として行かなければ」

という気負いもあったのでしょう。

だけど、鐘会もそれを察して彼にブレーキをかけるべきでした。

まあ、無理か…。

許儀大将・・・

私は応援しておりますぞ!

みんなも応援しようよ!

「いいね!」・・・っていうか、「どうでもいいね!」